みらい学舎の根っこ④教え子33歳、当時は太田先生が33歳!
2019.6.9 [みらい学舎の根っこ]今回お会いした太田塾長の教え子さんは、真下さんと山根さん。お二人は小学生の頃から高校まで、ずっと同じ学校に通い、今でも親交の深い仲良しさん。さらにお二人は、中学受験(学芸大学附属大泉中学校卒)も高校受験(学芸大附属高校卒)も共に学び、切磋琢磨しあった良きライバルでもあります。
※中学受験で合格した学芸大附属中学は、進学しても、高校で再び受験をしなければならないシステムなのです。
太田塾長との出会いはお二人が中学3年生の頃。当時の太田先生は33歳。そして、久々の再会を果たしたお二人の現在のお歳が、今年33歳(笑)。こういう偶然にも、何かご縁を感じてしまいますね!社会人生活10年を経て、お酒を飲みながら昔を懐かしみ、互いの原点を感じることができた、楽しいひと時となりました。
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【〝ホウレンソウ″ができる人間に育ってほしい】
いよいよ受験直前の冬期講習のある日。真下さんは寝坊してしまいました。そして、授業に遅刻。太田先生は今でも当時のことを鮮明に覚えていて、「あの時はひどく叱ったよな。」と語り始めました。
真下さんも「太田先生の叱咤はとても怖かった。でも、メリハリがあって、厳しくも尊敬する先生」であった、と話してくれました。
当時、なぜそんなに激怒したのか、太田先生に聞きました。「寝坊してしまったことは、仕方ないんだよ。それを連絡もなしに遅れてやってきたのがダメだと伝えたかったんだ。社会に出て〝ホウ(報告)レン(連絡)ソウ(相談)″ができない者は信頼されない。そうはなってほしくないから叱ったんだよ。」と。
【『君に開成高校はない』・・・?!】
受験校を絞る段階になると、先生方は、生徒それぞれの受験スケジュールが思い描けるようになっているとか。当時のお二人の第一志望は学芸大附属高校。しかし、受験には不合格という結果もあるので、他の高校も受験することになるわけです。成績優秀でオールマイティ―な二人の受験スケジュールは、有名難関校ばかり。太田先生曰く、生徒によって見出しのような判断が起こるそうです。
真下さんと山根さん、今回その当時の太田先生の考えを初めて聞いた次第。その際に真下さんに伝えられた言葉が、『君に開成高校はない。』でした。そばで聞いている私でさえ、「え??!」と動揺しましたよ。思い切って、「ナゼ?」と問いました。
太田:「だって、俺と同じニオイがするんだよね。君は、女子のいない男子校での高校生活や、大学受験を考えるのは無理じゃない?『男女の垣根なく、何でもやっていける共学校こそ、自分のやりたいことができる』と、考えているんじゃないかなって。」
太田:「だから、『君に開成高校はない。』んだよ。」
太田:「他に受けた高校は、慶應志木高校などの男子高校ばかりだったけど、君は学芸大附属高校がダメだったら、共学校の都立高校を受けただろ?」
真下:「はい、確かに考えていました。」
太田:「逆に、山根は男子校だろうが共学校だろうが、どちらでもいいタイプだろ?むしろ、共学だから都立高校を受けるなんて考えもしない。」
山根:「はい・・・。」
(大爆笑)
師弟の関係、たんなる勉強を教えるだけではないのですね!しっかり生徒の本質を見て、人生選択のフォローをする。それがなによりも大事なのだ、と私は感心しました。
【就職~名のある会社には入ったけれど~】
実はお二人とも、転職を経験されています。名のある会社に入ったものの、「このままでいいのか?」と自問自答し、もがいた時期があったそうです。何よりも、初めの就活のときには、まだ社会を知らなすぎたし、自分のこともわかっていなかった。なんとなく、名の知れた会社に行くことが幸せだ、と思っていたと話してくれました。きっとこういう人は多いのではないでしょうか?
そして現在、「仕事はめちゃくちゃ忙しいけどめちゃくちゃ楽しい」「今は前職に関わりのあるセクションになっているけれど、新たな分野にチャレンジしていきたい」と、お二人のポジティブな発言に、私は頼もしさを感じ、嬉しくもなりました。
(今度、みらい学舎のOB・OG達に繋げたいな)という思いがでてきました!
【人生のちょっと先行く先輩として、太田先生メッセージ】
仕事において充実期となる30代。人生においても様々な変化が起きてくる時期です。実際、山根さんはすでにご結婚されており、真下さんも今後いつかは?!と考えられていて、さらには、「父親」になることにもイメージが湧いてくる時期です。
太田先生は今年51歳。半世紀を過ぎ、父親人生も20年を越え、喜怒哀楽さまざまな経験をしてきました。太田先生は、「子どもをもってみて変わったことがたくさんある」とお二人に話しだしました。
太田:「『自分ができたことは、我が子もできるだろう。できてほしい。』と、ついつい、言葉にせずとも、考えている自分がいるんだよね。でも実際は、子どもは子ども。きょうだいでもいろいろ。分かっちゃいるんだけど、しっくりこない。それをぐっと耐えることこそ、大事なんだ、と今は思っているよ。」
~十数年を経て、教え子に対して、大人としての、そして親としての本音や弱みを正直に話す太田先生。そしてそれを真剣な顔をして聴くお二人。とても、とても素敵な時間でした!
また飲み、語り合う時間をもちましょう!
みらい学舎の根っこ③生徒がパパとなる!
2019.4.17 [おや?親のトビラ,みらい学舎の根っこ]「みらい学舎の根っこ」③生徒がパパとなる
~親となってわかったこと~
太田塾長の元教え子さん、お二人目は光が丘の塾に赴任していた頃に出会った新山さん(#^^#)
お子さんを連れて会いにきてくださいました♪
すでにお子さんが3人!会いに行った日はお二人の娘さんが同席♪
はじめこそ緊張気味でしたが、すぐにかわいい笑顔でいろんなお話をしてくれましたよ(´▽`*)
そして新山さんと太田先生。Facebookではやりとりしていたものの、実際に会ったのは十数年ぶり!
お互いに少しだけ歳を重ね、いろいろな経験をして、大人同士の話もできる頃となりました。感慨深かったことでしょう。
当時は難関高校を受験する生徒は、光が丘校舎に新山さん一人だけ。したがって、先生一人対生徒一人の授業をしていたそうです。
早慶の附属高校を全て受験し、慶應義塾志木高校はダメだったものの、残りの附属高校は全て合格!
結果、慶應義塾高校に進学されました。
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【大変だった大学時代、しかし自分は人に恵まれる人生♪】
人生は山あり谷あり。新山さんにとっては大学時代が一つの試練の時だったそうです。
どんな人間も、生きていればいろいろあります( *´艸`)
そして、その経験をどう捉え、次をどう歩んでいくかが大事なところ!
当の新山さんは…⁈
「ようやく、仕事の方(SEをされているそうです)も充実し、今は子ども、妻、両親たち家族に恵まれ、とっても幸せです!」
お子さんに食事のお世話をしながら、ニコニコとそう語ってくれました。
【一番勉強し、楽しくもあった中学生時代】
当時教わった「証明」の問題は、その後使うことはなかったけれど(笑)、太田先生に教わっていた頃の勉強は楽しかった、と新山さん。
後に塾でバイトをし、現在は小学3年生になった娘の勉強に付き合う際に、「『わからない』という子どもに教えるって、とてもっ難しい!大変!」ということを実感し、改めて勉強を教える先生、「わかる」に導いてくれた先生に感謝しているとか。
【部活動(やりたいこと)を理由にして、勉強(やるべきこと)をさぼるな】
中学、高校時代を通してサッカー部に所属していた新山さん。
高校時代の顧問の先生に言われていた言葉を今でも大事にされていました。それが、上記の言葉です。
現在は娘さんにも、この言葉を伝え続けているそうです。
「外で遊ぶのもいい。iPadでゲームをするのもいい。でも、それを理由に勉強をしないのはいけないぞ。やりたいことをやる以上、やらなければならないことはやっていこうね。」と。
また、子どもに言う以上、自分もやっていかなければならないともおっしゃっていました。
半年前からはボディービルダーになるべく、トレーニングをされているそうです。
娘さんたちも体の動かすことが大好き!
長女のMちゃんは、体操でバク転もできるようになったとのこと。
また、Mちゃんの誕生日には毎年「トランポランド」に行くのが恒例となっているそうで、まもなくやってくるお誕生日を楽しみにしていました。
びっくりしたのは、パパさんの影響を受けて、栄養学的な知識をもっていたこと。どんなものを食べると良いのか、いつ何を食べるといいかなどについて、教えてくれましたよ!いいですね( *´艸`)
さらに、ご本人。将来は再び大学に通いたいとのこと。
高校からそのまま大学に上がった頃には知り得なかったたくさんの経験から、改めて学び直しをしたいと考えられているのかな~。
お子さんがこれから大きくなっていくにあたり、一緒に勉強にチャレンジするパパさんがいてもいいですよね!
まだお子さんも小さいし、バタバタな生活で勉強どころではないこともあるでしょうが、ぜひ、夢に向かって頑張っていただきたいと思いました。
【昨日の自分より今日の自分】
「どんなに遅くとも毎日2時間だけは、自分が持っていなかった能力を少しでも磨いて、昨日の自分より今日の自分が成長してあげるようプレゼントにする。自分の叶えたい夢に向かって毎日1時間使えば夢は叶う。オトナになっても夢は叶うということを子供に見せられるオトナになること。それがオトナの育て方。」By武井壮さん
新山さんは、武井壮さんのこの言葉を、ご自身にもかけて、日々精進されているそうです。
なかなかできることではない!
けれど、「やる!」と決めてやり続ければ、変わっていくのでしょうね。
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かつて中学生だった教え子が、我が子達に愛情たっぷりで関わっているパパさんになっていたこと。
太田先生はとっても嬉しかったみたいです。
新山さん、今度は朝霞の方にもご家族で遊びにきてくださいね!「朝霞の森」という素敵な場所もあります(#^^#)
それから、新山さんのお力を今度みらい学舎にお貸しください!
今回のことをきっかけに、今後ともよろしくお願いします!
みらい学舎の根っこ②みらい学舎OB/OG編
2019.4.12 [おや?親のトビラ,みらい学舎の根っこ]
【みらい学舎のOB/OGが講師として戻ってくる】
みらい学舎の開講から、今年は10年目という節目の年。
この間に174名の生徒たちが巣立っていきました。
そして現在、そのうちの3名がOB/OG講師として授業を担当。また今月より、新たに1名のOBが関わってくれることになりました。
みんな元生徒であるため、みらい学舎の授業形態や内容、なによりも雰囲気をよくわかっています。
それに、教える生徒たちは皆「後輩」であるため、大変面倒見良く、少し兄貴・姉貴のような関りをしてくれます。
この点は、「指導力」とは違った軸で、とても大事な軸、そしてみらい学舎の強みとなっている気がします。
言ってみれば、「恩送り」といったところでしょうか。
現役生徒の頃、みんなが何かしら、当時のOB/OGに応援されているのです。
特に受験が近くなると、OB/OGから差し入れやアドバイスをしてもらった経験をしています。
だから、今もそれを後輩たちに自然にしてくれているのでしょう。
本当にありがたく、嬉しいことです。感謝です。
【3期生のOG講師、就活中!】
ところで、そんなOG講師の二人。現在大学4年生です。
就職活動真っ最中です。
きっと、就職活動を通して様々な方々と会い、話をし、その結果自分と向き合うことを重ねているのでしょうね。
就活を始めたころからずいぶんと考え方に変化が出てきました。
極端にいえば、
「あ~、就職なんかしたくない~。自分が何をしたいかなんて、わからない~(T_T)」
といった発言から、
「いろいろな企業をまわっているうちに、『私はここで働いてみたい!』あるいは、『ここは違う気がする』、ということが、大企業だとか中小企業だとかでいう枠とは違った視点で感じられるようになってきました。」
といった発言に変わってきたのです。
同時に新たな悩みも。その悩み方が、また良い感じなのです。
【先輩たちの背中】
自分の人生を、真剣に考えているときに出てくる悩み。
そうそう、そういえば、これ、中学3年生のときにも似たことしてきたよね(*´▽`*)
でも、今回はもう少し大きいのかな?深いのかな?
とにもかくにも、みらい学舎で教えている生徒たちより少し先行くOB/OGたちの背中。
これも見せてくれています。
大変だけれど、今はチャンス!自分を知る良いチャンス!
応援しているよ♡
みらい学舎の根っこ①太田塾長、その昔
2019.4.7 [おや?親のトビラ,みらい学舎の根っこ]約5年前、私(太田佳代子講師)は本格的にみらい学舎の先生となりました。
一方、太田先生(塾長)はかれこれ30年!
たくさんの教え子を指導し、難関高校へ合格させ、社会へと送り出しています。
太田先生の授業や生徒たちとの関りはどのようなものだったのだろう。
太田先生が世に輩出した生徒たちが、時を経て、今の社会にどのような関りをし、中学時代のことがどのような形で残っているのだろう。
私は知りたくなりました。
そして、今、目の前にいるみらい学舎の生徒たちとの関りの、参考にできたらと考えました。
今後、「みらい学舎の根っこ」というシリーズで書いていきます(^^)/
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「みらい学舎の根っこ」①太田塾長、その昔
~生徒を惚れさせる板書~
先日、17年前に太田先生に学んだ一人の教え子さん、石原さんが来塾してくださいました(´▽`*)
現在は、大学の先生をしながら医学に関わる(細菌や感染症など)研究をされているそうです。膨大なサンプルを調べ、簡単には見つけられない、法則性を予測し、実験し、また考察し、新たな法則性を見つけ出していくという地道な研究ですって。
石原さんは、「学問の基本的な知識と理解がなければできないものだ」とおっしゃっていました。つまり、これまでの勉強の積み重ねが、今につながっているというわけですね。
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石原さんのお話から、私が印象に残ったことを記してみます。
【太田先生の板書は美しかった】
とにかく美しかった。また、解法も美しかった。
なんとか太田先生のような美しい解法で自分も解きたい!という思いが、いつもありましたよ。
また、太田先生が採点して、コメントを書いてくれた答案用紙は、今でも実家に全て取っておいてます!
太田先生は筆圧が強いので、前の人の答案がうっすらと見えるんですよ(笑)
前の人は競い合っていた良きライバル。
それを見ては、「やった!」と思ったり、悔しがったりして、気持ちを高めていました。
【歴代の先輩が解いた問題を演習で解く】
太田先生の演習問題は、歴代の先輩も解いているんです。しかも、太田先生は全てのデータを保持している!
それを解説のときに、太田先生が話をしてくれるんです。どの先輩がどの問題で何点取ったかや、
「この演習、おまえ、良くとったぞ!歴代〇位だ。」などと。
こういったことも、気持ちを高めるきっかけになっていましたね。
【甦る緊張感、良き思い出】
こうやって、当時の話をするだけで、あのときの緊張感が甦ってきますね。
Kクラス決めの8月26日のことは、今でも鮮明に覚えています。
また、Kクラスでの勉強は、それはもう大変でした。しかし、ワクワクもあった。
今となっては本当に良い思い出です。
あの時があったから、今の僕がいるんです。
中学生という時期は、自分自身を磨き、構築する時期。
そんな時期に太田先生をはじめ、素晴らしい先生に出会え、感謝しています。
自分自身の推進力を引き出してくれた、そう感じています。
【筑駒時代とその後】
筑駒(筑波大附属駒場高校)の3年間、おかげさまで、勉強面では困ることなく過ごすことができました。
自分のやりたい方向性も見えてきて、大学受験は早大(早稲田大学)理工学部一本。国立には興味を見出さなかったので受験しませんでした。
早大で博士課程に進み、卒業後から現在にいたるまで、仕事上で苦難もあるけれど、決してあきらめない、また自分を錆びさせたくないという思いが強いです。こういった思いも、あの時があるからだと感じています。
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石原さんが語っている時の、若かりし時代の良き日を思い出している笑顔が、印象に残りました。
私も一緒に笑顔になっていました。
また、受験間際の緊張感も伝わってきました。
「あの日」には戻りたくない。
この思いも事実でしょう。それでも、当時の厳しくも怖くもあった先生に会いに来てくださった。
有り難いことです。感謝です。
そうそう!石原さんは、あの「高校生クイズ」に出場されたんですよ♪ 惜しくも優勝は逃してしまいましたが、
多くの高校生が予選で涙をのむ中、本選でそれができた経験は、貴重ですよね!
石原さんの今後のご活躍も期待しています。ご協力ありがとうございました。